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哲学で霊性を考える
2010年05月24日
今号のリビングインケアンズ、スピリチュアル(霊性)特集が届きました。
ちょうど、アボリジニの世界観と健康を合わせた論文を書いていたところでした。
しかし、テーマがテーマだけに、学会誌に投稿するにはもう少し熟成が必要かと思っていたところでした。
良いタイミングでしたので、少し長いですが、ご興味がありましたらご一読ください。
-----以下論文-----
WHO(世界保健機構)は健康を、「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」と定義している1)。これは、半世紀以上前の定義であり、個々人の意識や、外部環境が変化した現在では、普遍性を失いつつあるといえる。改正には至らなかったが、1999年のWHO総会では、健康の定義に、霊性(スピリチュアル)を含めることが提案された2)。その後も議論は続き、Awofesoは、21世紀の健康とは? と問い、生-死-生のサイクルを特徴とした、オーストラリアアボリジニの健康概念に触れ、WHOの健康定義を、霊性を含めて再定義することを提案している3)。統合医療の分野でも、霊性を含めて考える動向が見られる4)。
霊性という、心身に対して上位の感覚を希求すること。そして、現代社会が失ったものを、原始社会の中に見直す動きは、矛盾や閉塞感を伴う現代文化に対しての、反動形成や逃避、退行であると受け取ることもできる。しかし、アボリジニの文化に見られるような、生-死-生というサイクルは、過去生や死後の世界が存在するのではないかという、通文化的な直観でもある。
また、霊性を病気の解決に役立てる動きも見られる。その一つとして、前世療法があげられる。Weissは、被験者が退行催眠中に、生前の記憶を話しはじめ、そのことが心的外傷に対して治療効果をもたらしたことを報告している5)。催眠によって得られた前世記憶の多くが空想の産物であるという批判がある6)一方で、史実と照合し、本当の前世の記憶としか判断できないとする報告もある7)。世迷い事から目を背けたいという気持ちから、すべてが捏造されたものであると疑うような、徹底的懐疑の立場を取ることは簡単であり、普通でもある。ところが、理論上においては輪廻は存在可能である。今回、前世を足がかりとして、哲学的手法で霊性を考察してみたい。
前世とは、「私」はかつて、時間的接点のない、ある人物を生きたというふうな、過去生であるといえる。この、過去の「私」、という存在を、概念として、なんとなく感じることのできる無意識の観念がある。この、過去の他者と、現在の自分を繋ぐ媒質が魂の一部ではないかと推測している。
ここで、過去生が存在すると仮定したときに生じる、大きな疑問を考えてみたい。過去生を感じるとき、いったい、自分自身のうちの、何が、過去を生きたのかという疑問が起こる。我々は普段、「私」というとき、一塊に移動できる、意識を伴う、強い物理的結合を持った有機体を意味する。身体は死んだらそれまでであるから、過去を生きたのは、現在の心身を持った、日常的に「私」と感じる、自分自身そのものではないことは明白である。ここから、日常的に感じている「私」と、過去生を考えるときの「私」の間に差異が生じる。この差異から、ひとつの要素を取り出すことができる。全く接点をもたない別の人間に対して、身体を含まない「私」を投射することによって、過去生が成立している。したがって、「私」とは、身体を必ずしも必要としない何かである。そして、その何かには、自分以外に「私」を感じることのできる感度が含まれていることがわかる。つまり、過去生という概念を理解するためには、「私」という、個に対する固定観念を、捉えなおす必要がある。
一方、「私」という人間の本質を、Dawkinsが主張する、肉体は遺伝子の乗り物である8)というほどまでに、遺伝子や、物質的な身体そのもののような、物質に還元したときには、死んだらそれきりであり、前世や来世は存在しない。現代人の多くはこのような感覚を持つのかもしれない。しかし、人間の本質が、物質のみからなるという、極端な実存主義的な捉え方はむしろ不自然である。人間の身体は、絶えず外部世界から物質を取り込み、外部世界に老廃物を排泄し、成長や老化しながら変化している。非自己を取り込み、それが自己となり、また、それが外部に排出されると非自己になるのである。自分であったものが自分でなくなり、自分でなかったものが自分になるということが生涯にわたって繰り返されている。「私」とは、自己と非自己が交錯するダイナミック(動的)な存在であり、つかみどころがない。にもかかわらず、厳密には時間軸に対して同一ではない、常に変化する身体を、一生にわたって、同一の「私」、とみなす観念がある。したがって、このような同一性を生み出す感覚は、極めて近似的な観念であることがわかる。この観念はアイデンティティ(自己同一性)と類似と考えても良いだろう。
現代社会では、アイデンティティを失うことにより、アパシー(無気力)に陥る危険性があることから、生きてゆくために、社会や文化といった外部世界が、「私」を、身体や、場合によっては、会社組織、高級車、高級時計に、封じ込めることを要求しているのかもしれない。「私」が身体と限りなく一致すれば、物質として時間的に有限な身体が死んだとき、「私」は終わる。これは、ディオティマの言葉「人間は激しく不死なるものを恋し求める」に表現される、強いエロス(恋)的な欲求と強く拮抗する。身体という、外部世界との明確な境界と、生涯にわたる絶対的な同一性を信仰する、強い個、強い主観が、過去生を強く否定するのであろう。その結果、永遠を望む、人間的欲望との間で強い葛藤が生じるのかもしれない。
それとは逆に、輪廻転生の概念を持つ、アボリジニは、「私」と外部世界との強い一体感を持つ。つまり、「私」が、身体の境界を限りなく超え、外部世界という、永遠そのものと究極的に一致しているように見える9)。
現代人は、このようなアボリジニが持つ感覚を、歴史の過程で個人主義、ヒューマニズム(人間中心主義)と引き換えに手放したと考えることもできるだろう。一方で、近年、環境問題の深刻化から、ヒューマニズムを脱却し、人間と自然との一体性、調和性を深めた、ディープエコロジー10)に代表される、「私」と外部世界との、強いつながりを意識する思想が生まれつつある。このような、霊性の成長による、個人の自由な選択の結果としての集合的な思想は、現代を生きる我々においても、永遠の感覚を手に入れることができることを予感させてくれる。
前世が存在することは、必然的に来世も存在することにつながる。「私」が自分自身という固定観念の束縛から離れ自由になり、他者や自然、宇宙といった外部世界との間にある深い関係に気付き、それらを大切にする心のありかたが芽生えると、前世の感覚も自然に芽生え、プラトンやラカンをはじめとする多くの哲学者が希求した、永遠の魂と、何よりも健康をもたらしてくれるのではないかと考える。
1)WHO. Basic Documents, Forty-fifth edition, Supplement, 2006, WHO Webpage http://www.who.int/governance/eb/who_constitution_en.pdf page accessed May 5, 2010.
2)厚生省大臣官房厚生科学課.WHO憲章における「健康」の定義の改正案について.第14回厚生科学審議会研究企画部会議事録.資料1.健康定義改正案を審議した第101回WHO執行理事会会議の議事録要旨. 1999.
3)Awofeso N. Re-defining ‘Health’, WHO Webpage, http://www.who.int/bulletin/bulletin_board/83/ustun11051/en/ page accessed May 5, 2010
4)アジア統合医療会議.メディカルトリビューン 2010年5月13日版. 東京. メディカルトリビューン株式会社. 2010: 34-35
5)ブライアン・L・ワイス. 山川紘矢. 山川亜希子(訳). 前世療法. 東京. PHP文庫. 1996
6)Stevenson I. A case of the psychotherapist’s fallacy: Hypnotic regression to "previous lives." Am J Clin Hypn 1994; 36(3): 188-193.
7)Linda T. An Unusual Case of Hypnotic Regression with Some Unexplained Contents. J Am Soc Psych Res 1990; 84(4): 309-344
8)リチャード・ドーキンス. 日高 敏隆. 岸 由二. 羽田 節子. 垂水 雄二(訳). 利己的な遺伝子 増補改題「生物-生存機械論」. 東京. 紀伊國屋書店. 1991
9)ロバート ローラー . 長尾 力(訳). アボリジニの世界 ドリームタイムと始まりの日の声. 東京. 青土社. 2003.
10)Næss A. The Shallow and the Deep, Long-Range Ecology Movement. Inquiry 1973; 16: 95-100
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プロフィール
- ymitsui
- 三井 康利。 1972年静岡県生まれ。 1997年北里大学医学部卒。 内科医。 現代西洋医学と補完代替医療、思想・哲学の良い点を取り入れ、ホリスティック(全人間的)な視点から医療を考察・提案。 臨床医として日常診療に役立てている。 資格:日本内科学会認定医、日本補完代替医療学会学識医、日本温泉気候物理医学会温泉療法医、日本旅行医学会認定医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
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