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赤ちゃんとドリーミング
2009年08月05日
アボリジニの言い伝えに、ドリーミングやドリームタイムがあります。
祖先たちのドリーミング(夢で見たこと)が現実になり、それが集まって現在の世界が造られたというものです。そして、祖先たちは、地球や宇宙といった「世界」をひととおり造り終えると疲れ果て、「世界」と一体になり眠ることにしました。この、「世界」が造られた期間は、ドリームタイムといわれています。
このような祖先の力はわれわれに残されているのでしょうか?
精神分析医のウィニコットによると、生まれたばかりの赤ちゃんは、お腹がすいて泣いたときに母親の乳房が現れるのは、赤ちゃん自身が乳房を造り出したと考えるのだそうです。
唯我論的ですが、ドリーミングと似ているように感じます。
そして、自分と乳房が一体になったり離れたりすることが何度も何度も繰り返されると、いつも存在する自分の肉体と、母親の乳房とは性質が違うことに気づくようになります。
その結果、自分の肉体という想像上の殻を造り、「個」が意識されるようになります。
われわれは、自己という「個」である主体と、自己とは別の「世界」という客体が存在すると信じていますが、このような「こころ」の持ち方をするようになるには、生後数ヶ月かかるのです。
生まれたばかりの赤ちゃんの世界認識は未熟で、大人の世界認識が正しいのでしょうか?
言語は世界認識と大きく関わっています。例えば、二ヶ国語を話すバイリンガルは、使う言語によって、価値観、行動、世界観、自己認識などが異なるという研究結果が存在します。同じ人物が、英語とスペイン語を使うときで別人のようになるのです。
生まれたばかりの赤ちゃんは、様々な言語を吸収する能力を持ちますが、生後10ヶ月を過ぎるとこの能力は退化するといわれています。
「百聞は一見にしかず」「一枚の写真は一万の言葉に値する」という日本や中国のことわざからもわかるように、言語による世界認識には本来が持つ情報が欠けています。
完全な世界認識ができる可能性を秘めた赤ちゃんは、ウィニコットの考えを一般化すると、「個」=「世界」と認識していると考えられます。これは、ヨーガやアボリジニの世界認識と似ています。
われわれにも、この名残りは残されているのかもしれません。
自分自身を痛めつけることは普通はありません。苦痛を感じるからです。
不注意で怪我をしてしまったときには「からだ」に苦痛を感じます。
しかし、他者や自然環境といった「世界」を痛めつけてしまったときにも「こころ」に苦痛を感じます。
「個」と「世界」の境界はどこにあるのでしょうか?
そして、われわれの世界認識は生まれてから進歩してゆくのでしょうか?
それとも退化してゆくのでしょうか?
プロフィール
- ymitsui
- 三井 康利。 1972年静岡県生まれ。 1997年北里大学医学部卒。 内科医。 現代西洋医学と補完代替医療、思想・哲学の良い点を取り入れ、ホリスティック(全人間的)な視点から医療を考察・提案。 臨床医として日常診療に役立てている。 資格:日本内科学会認定医、日本補完代替医療学会学識医、日本温泉気候物理医学会温泉療法医、日本旅行医学会認定医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
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