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エッセー

2000年11-12月号・其の42 ゆとり、という名の堕落

2007年09月05日

一、二年前、ある男から電話があった。日本刀を持っていたのだが、盗難にあったので、保険請求の為の見積も りを書いてもらえまいか、という。私も日本刀を集めているので、大切な物を無くした男の気持が分かる。気の毒だから、何とか助けてやりたいと思ったが、肝 心の刀が無い事には、値段が付けられぬ。刀は、ムネチカ、と言った。宗近か宗親。どちらも良刀で、その男の持てるような刀ではない。偽銘(偽物)だと思 い、一応最低限の見積もりをしてやった。
刀を盗まれたので、もし該当するような刀を見つけたら、知らせて欲しい、という虫の良い電話は、年数回もかかってくる。つい最近、ニ件。一件はタウンズ ビル。残りの一件。どうも男の声に聞き覚えがあるように思った。大概の事はすぐ忘れてしまうのに、何か、ポッと気になったりした事は、妙に記憶の襞の中に 残るものである。男、ウヘラウヘラと鼻にかかった薄っぺらなしゃべり方をする。もしかしたら、と思った。

私は25年、ケインズで空手道場をやって生きてきた。趣味で日本刀の勉強もしてきたので、その関係では、豪州内でも何となく知られているようだ。様々な問い合わせが、豪州各地から来る。

道場に顔を見せた男、やはりあの時の男だ。トニーと名乗った。目がチマチマ、と忙しく動く。

「お前さんに会ったのは、一、ニ年前だったナー」、と言うと
「ノーノーノーノー、10年位前のLONG TIME AGOでござんしたヨ」

ウヘラウヘラと、慌てて打ち消してきた。おかしいナ、そんなはずはない。この野郎、俺の記憶力をみくびったな、と思った。

日本刀を持っているのだが、保険をかけたいので見積もりをして欲しい、と言う。最初は盗難刀の保険請求、今回は持っている刀にかける保険の見積もり。刀 は又、ムネチカ。おかしい。この刀は盗難にあったはずだ。善意に解釈して、盗まれた刀が戻ってきたのかも知れない。刀を実際に持って来たら、値段を付けて やるよ、と言っておいた。

トニーはニ、三日して我が家に来たが、刀を持っていない。銀行に保管してあるので、すぐには取りだせない、と言い訳をする。この時ハッキリ、トニーは何かの目的の為に、私を利用しているのだ、と確信を持った。

「刀を見ずに、見積もりは出来ネエ相談だぜ」それ以後、ピタッ、と来なくなった。

GSTの導入で、今年の7月から税制が大きく変わった。自営業の国民全部が、税務署の為の税金徴集人となるようなこのシステムは、従来の帳簿の付け方 を、ガラリと変えてしまう。私も友人のボブから、MYOBファーストアカウント方式をすすめられ、毎週、彼から頭の痛いコンピューターの使用を習ってい る。

丁度彼が来て、コンピューターのキーを叩いている時、電話が鳴った。市内のコンピューターショップ。ある男が私の書いた見積もり書を持って来て、新しい コピーを作成して欲しい、との事だが、金額がどうやら勝手に書き直してある。それでいいのか、とコッソリ聞いてきた。

覚えがなかった。ファックスされてきたのを見ると、何と私がトニーの盗難刀に見積もってやった物。日付けは昨年の8月。書類の隅に、保険会社の処理済のスタンプが、ウッスラと見えた。ナル程ナー、と思った。

あの野郎、盗難という名目で私の見積もり書を利用し、保険詐欺をやったらしい。うまくいったので味をしめ、もう一度私の所に来たものの、私が見積もりを 出さなかったので、古い見積もりをコピーし直して、使用するつもりだったのだろう。犯罪人に甘い豪州の法律でも、保険金詐欺(INSURANCE FRAUD)は、すぐブタ箱入りになる程、かなり重い。

それにしても刀とは、ウメエ物に目を付けたナー。豪州人なら、誰も本当の価格は分からないし、保険会社としては、私の見積もりを信じるより手はなかった のだろう。コリャーあのウヘラのトニーに、一本やられたよ。あの嘘が見抜けなかったとは、私も何ともトロイ。まあ一応、保険会社にだけは連絡しておくか。

その後、トニーがどうなったのか、知らぬ。

しかし、最近軽犯罪が増加した。私の隣人も、つい最近やられた。犯人は16才のアボリジニー。この国の法では、17才以下は罪にならぬ。書類送検のみ だ。それも面倒で、やらないケースがほとんどだ。ガキもそれを知っているから、平気でやり放題。盗みに入ったガキをブン殴ったら、逆に少年虐待で罪になっ た、という笑えない笑い話もある。

詐欺も多い。結構巧妙になった。私は過去ニ回、一万ドル程やられた。トニーのような間の抜けた詐欺なら、まだ愛嬌があるものの、自分から生きる努力をしないで、他人から奪って楽しようと思う根性なんザア、とんでもネエ。

私の家にはライフル等の武器が沢山あるので、警報機は家全体にセットし、大きなガードドッグを放って、十分な用心をしている。結局、自分のテリトリーは、自分で責任を持って守るしかない。

政府のレポート等を見ると、豪州経済は上り坂、失業率も久々に低下した、という。

ソーカナー。豪ドルの国際的信用の無さ、とその価値の低さを見ると、そうは思えないし、実際には相変わらず低迷しているように思う。それでもこの国には、まだ十分のゆとり、がある。

簡単にもらえる失業保険で生きている若者の何と多い事。たるんだ学校教育。国情も考えず、平気でストをくり返すユニオン。この国のガンだ。不景気といいながら、ポーカーマシーン産業に消えていく金額の凄さ。贅沢な事だと思う。

ゆとり、というものは、誠に大切で何とも有り難いものだが、それにしっかりとしたモラルの土台が伴わないと、余裕があるが為に追い追いと曲がった方向に流れるものだ。

アメリカ、然り。日本、然り。オーストラリアよ、お前もか、となりかかってはいないか。

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