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エッセー

2004年11-12月号・其の65 食らい込むなら豪州

2007年09月05日

どうも何やら、引っ掛かるンですけどネェ」

電話は私の知らないコンピューターショップのオーナーからだった。その客、私の空手道場のマークの入った手書きの用紙を持ち込んで、キチンとタイプ、コ ピーして欲しい、との依頼だったと言う。オーナーが見ると、それは何かの価格表のようだ。ところが、手書きの値段が微妙に変えてある。

「同じ手、つまり貴男が直したようには見えないンですナァ。
持ち込んだ客が手を加えたンじゃないか、と思いましてネ」

いくつかの品物の値段の合計は、かなりの金額になるそうだ。私に電話するべきかどうか、迷ったンですけどネ、と言い訳めいた言葉をつぶやいた。近頃珍しく、心根の正直な男のように感じられる。

賢そうには見えないが、何やら鰻のように掴みどころがない。果実のグワーバに目鼻を付けたような、キョトっとした、見方によれば人の良さそうな男にも思える。舌を巻き込んで鼻に抜けるような喋り方が、どこやら軽薄だ。名前は、もう忘れた。

「やられましたヨ。
家に入ったらナント、私の特別誂えのガンケース。
鍵がブっ壊されてるじゃないですか。
私しゃネ、そン中に大切な日本刀、
五振りも入れてたンですゼ。
ALL GONE ! 」

まァよくある話だ。私の所にあちこちから、盗難にあった刀の電話が入る。刀の詳細を送るから、もし同じ刀を売りに来るか、または鑑刀の依頼でもあったら、すぐに連絡して欲しいと言う。
気持ちは分からなくもないから、この手の頼みは心よく引き受けるけれど、まだそういう刀が私の手元に持ち込まれた事はない。

そのグワーバ男も、同じ手の依頼だと思ったが、

「イヤ、違うンですヨ。
刀には保険が掛けてありましてネ。
保険会社に連絡すると、
正式な価格を表示して下セェ、って言われたンですヨ。
すぐに市内のアンティークショップに行ったら、
マツモトに行け、ってナ訳ですワ」

そう言ってその男、クエックエッと引っ掛かるように笑った。笑い方がなぜか気に入らなかった。
刀の写真とか中心の銘の写し、何かの記録はないのかエ、と聞くと、何もない、と言う。冗談じゃネェヨ、そんな無責任な事が出来るものか。まったくそんな話を持ってくる方も持ってくる方だ。とんでもない話だ、と思った。

男、泣き付いてきた。何とかしてくれ。刀は盗まれ損になる。新しい刀を買う余裕もない。日本刀は俺の唯一の楽しみなのだ…と。

困った。何とか力になってやりたいが、男の話を信用して、見もしない刀に高値を付ける訳にもゆかぬ。私が出来るとしたら、その時点における豪州の一般価格の最低額を表示する、こと位だ。さもないと私が保険会社を騙す事になる。
男は承知したけれど、鼻に抜ける声の端に、チクリと感じる不満があるように思った。ソレッきりだ。男は何も言って来なかった。

コンピューターショップのオーナーから突然の電話をもらったのは、グワーバ男に会ってから一ヶ月程たっていただろう。オーナーから私の依頼によりファックスされてきた文書は、何と私があの男に手渡した評価表だった。金額がうまく大幅に変えてある。

成る程なァ、と思った。男、私を利用して保険金詐欺をもくろんだのだ。ケチな事をする。人の好意を逆手に利用するとは、タチが悪い。
文書には提出する市内の保険会社の名前が記入されていた。電話して事情を説明した。その男が詐欺で補ったのか、それとも無事金を握ったのか、定かではない。三年程も前の事だ。

ニューギニアで入手した珍しい刀ニ振り、鑑てもらえないか、という見知らぬ男からの電話を受けたのは、二ヶ月程も前。

「鞘の端(鐺)に小さな車輪が付いています。
よほど小さな日本人が使っていたのですネ」

馬鹿言っちゃ困る。マンガじゃあるまいし、車輪の付いた刀を引きずって歩けるか、と思ったがその男、真面目そのもの。私がホンの少し家を出ている間にやって来て、妻の手に預けて立ち去っていた。
その男の声、どこかで聞いたような気がしないでもなかった。刀は中国製の似非日本刀。確かに車輪は付いていたが、奇異をてらうだけのヒドい作り物だった。

「高い金、払わなかったンだろうネ」

数日たって連絡してきた男に、そう聞いた。
その一言で、男は刀が期待していた物ではなかった事が分かったのだろう。数日前の電話とは違う、くだけた調子で話しだしたとき、私の頭の隅で何かモヤッと芽生えかけていた小さな疑問は、アッと言う間に大きくなって、パチン、と音を立てて弾けた。
あの野郎だ。グワーバ男だ。何とまァ、ヨクモ懲りずにヌケヌケと刀を持ち込んだものヨ。それにしてもあの時の詐欺、捕まらなかったのだろうか。それとも 一、二年食らい込んで、出所したのだろうか。もしかしたら、五振りの刀自体、作り話ではなかったか。

まァネ、ム所に入ったとしても、豪州のム所は至れり尽くせり。娯楽室に図書館、スポーツジム。素晴らしい設備に加え、ワイフやガールフレンドを呼んで、 共に過ごせる時間も与えられている。私は囚人達から、空手のクラスに来てくれ、と頼まれた事もある。ム所の中、結構、自由なのだ。

現在西豪州で協議されている、囚人達に気分転換を与えよう、という議題。定期的に彼等を魚つり、ボーリング、ピクニック等の娯楽に連れ出すという。ム所という更正施設を、人権に事寄せて履き違えているのではないか、と考えてしまう。

35年も前、労働党のゴフ・ウィットラム首相が政権を確保して以来、豪州の良識は少しづつ狂い始める。豪州の将来の為に一番大切な子供の教育もその例に漏れない。体罰の禁止からエスカレートし、今では子供が気に入らないと、親や先生を訴えてもいい。

人間に権利を与える事は大切な事だ。と同時に義務と責任をも与えないと、けじめという事が分からない人間に育つ。
現在豪州の州政府は全部労働党、けじめのない、金を与えておけばいい、何が何でも人権人権の法律は、州政府の労働党政権が続く限り、まだまだ出て来るはずだ。

国民が駄目になると分かっていて、なぜと思うけれど、それが票源につながっているからだろう。このけじめのなさが恐ろしい国だ。国にけじめがなくなる と、遊び半分の犯罪も増えて来る。納税者が囚人を保護する結果になる法律。そのうち、ム所の待遇の方が良くなり過ぎて、食い詰めたりストレスがたまると、 サァ、悪い事してム所に休養に入ろう、という人間も出て来るかも知れない。

あの男、私の家に置いて行った中国製の日本刀、まだ取りに来ない。私が感付いたのではないかと勘繰っているのかナ。
それにしても、とぼけた男だ。彼なら豪州のム所に入ったら、適当にヘラヘラと楽しんでくるような気がするネ。

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