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2004年7-8月号・其の63 珍味アラフラオオニシ
2007年09月05日
ズズズーッ、と小舟を浅瀬に乗り上げた。バシャッ。水の中に股まで飛び込むと、白い砂浜に透き通った海水が、キラキラと輝くように散った。ようやく来たゼ、と思った。
目の前に広がる広大な瀬。いつもは海の下だけれど、六、七月の冬季になると、昼中の潮が低くなり、時々ポッカリと顔を出す。
私が日豪合弁の南洋真珠養殖会社に技術員として採用され、豪州最北端の木曜島養殖場に赴任したのが38年前。この職場の分場が木曜島を出航して北方へ五時間、モア島のポイドという無人の場所に設置されていた。時々分場に出張させられる。
ある時、見慣れた水平線上に、白い帯状に横たわったものが見える。近隣の島から雇用している島民に聞くと、
「アリャSAND BANK(瀬)だべ。今ん時期になると、海ん中から顔出してくんべ」
その時は冬季だったに違いない。
養殖場の母貝を放養する篭の中には、色々な種類の貝類が入り込んでくる。豪州産貝類は美麗種が多く、それに魅せられて懸命に収集していた時があった。冬季の潮が引くのを待ちかねるように、収集に出かけたものだ。
普段海の底になっている浅い瀬は、干上がると絶好の採取場所になる。ポイド分場から沖の白い瀬を見るたびに行ってみたかったが、娘の里味が五才頃になるまで、そのチャンスは巡ってこなかった。
その時は私が分場の責任者だったので、一ヶ月程家族で分場に来ていた。冬季だった。絶好のチャンス。
ある日曜日、島民一人を案内役に連れて、待望の沖の瀬に出た。空と海の青い、冬でも太陽の熱く降る、素晴らしい快晴の日だった。
何やら砂の彼方に黒い物が見える。岩に違いネエ、と思ったが、近づくにつれ、横に長く、頭の先が尖っているのが見える。どうやら大きなホラ貝のようだ。 表面に付着生物が育ち、泥にまみれていた。50センチ以上もあるデッカい巻き貝だ。テッキリ死貝と思った。惜しいナァ、と思いながら足で蹴るようにして押 すと、ガポッと急激に空気を吸い込むような音を出し、ヒックリ返った。鮮やかなオレンジ色の殻口が顔を出し、その中にジューッとへたが入ってゆく。何と、 生き貝だ!!
ちなみにこの貝、和名はアラフラオオニシ。世界最大の巻き貝だ。
その日はバケツ二杯分の貝類と数個のアラフラオオニシの大収穫。小舟まで運ぶのが大変だった。オオニシの重量、6〜7キロ以上。この貝、どうやって身を取るか。島民に聞くと、「木から吊るしておくべ」。
数日たつと、なる程、身がズルリと真下に抜け落ちていた。今思うと、あの時は貝殻を入手するのに夢中で、せっかくの珍味を無駄にしてしまった。貝に悪い事をした。
木曜島養殖場はその後閉鎖になったが、その後を私の兄弟分の高見君が引き継ぎ、労力にワーホリの若い連中を雇用して、現在も頑張っている。これが時代の 流れというものだろうか。自然以外何もなかった木曜島にも、観光客が押しかける昨今。養殖場へのツアーの依頼はいくらでもあるが、ツアーを入れると仕事の 妨げになるし、人間相手は様々の規約があるので煩わしい。
木曜島には産地直売のギャラーをオープンし、どうしても養殖場から直接、という客のみ受け入れている。中間業者がいない分安くさばけるので、わざわざケインズや南の方から買いに来る客が増えつつある。
「イヤ、何ともウマイですネェ。私はアワビなんかより、ズッとウマイと思いますネェ」
金曜島の背後にも、冬季にポッカリと顔を出す広大な瀬がある。私もよく行った。潮溜まりにはサヨリ、ボラ、キス等の小魚。岩場にはタコ。砂地にはアサリ や小エビ。自然の恵みの宝庫とは、こんな所を言うのだろう。アラフラオオニシもよく見つかる。高見君が時々冷凍した身を送ってくれる。身の抜き方にコツが あるそうだ。
「ガポッ、という何ともいい音を出して、スポッと出て来ますヨ」
その身、ごく薄く切って、そのまま刺身のように食べるだけだ。コシコシとする歯触りが絶品で、たしかにウマイ。これに白ワインか酒でもあれば、もう言う事なし。
時々日本からの番組の録画をもらう。食べ物の番組が多く、最高の材料を使って贅沢な事だ。いい材料を使えば、誰でもうまい料理が出来るのではないか、と 料理オンチの私は思ってしまう。料理上手という人とは、庶民的な安い材料を使って、チョットした工夫でうまく食べさせてくれる人、と私は考えている。
食べ物は人間の本能に一番近い物。生まれてすぐの赤ん坊にも、必要な物。本能に近いだけに、好き嫌いをさせず、出された物は残さず、上手に食べさせる事が、母親にとって最初の躾になる。
物のあふれる時代に好き嫌いをさせないという事は、難しい事かも知れないけれど、親の料理した物は文句を言わず食べさせる習慣をつける事は、子供を我がままで横着な子に育てない基本にもなる。
私は何でも食べるし贅沢もしないけれど、食事に関する心の贅沢だけは、いつも心がける。
島で網を打って捕ったキスやサヨリは、海岸で刺身。カキは海水につかりながらコツコツと割り、レモンをチョットしぼってそのまま食べる。ウニはすし飯を 用意しておき、その場でウニの握りを作る。大きなエビは焚き火の上で焼く。アクール等の大きな二枚貝は、残り火の上に置き、口を開いた時にチロチロと醤油 を落として味を付ける。
大切な事は、全部自分達が体を動かして捕獲した物ばかりを自然の中で食べる。この時の一杯は、サテサテ、何物にも代え難い心のふくらむ思いがする。自然の有り難さが、無意識の内に心の中に入って来る一刻だ。
豪州で子育てをすると、自然の豊かなこの国では、こういうチャンスはいくらでもある。自然の中にいるから、その有り難さが見えないだけだ。ガキの時代に、自然からもらった物をおいしく食べた、という経験を出来るだけさせてやりたいと思う。
人間もその昔、自然の中から生まれてきた。人間も自然の一部なり。心の豊かさは、自然の中から学ぶ事の出来る大切な物のひとつだ。
チョットいい話。
動物の子供は、生まれるとすぐに立ち上がるのに、人間の子供はなぜ長い間這い回っているの、と疑問に思う子供がいた…ソウダ。
人間はネ、その昔自然から生まれたんだヨ。自然は人間には遠いお母さん。お母さんを忘れさせない様、お母さんの心をもらう様、這い回ってお母さんに触らせているんだヨ…と答えた人がいた…ソウダ。
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